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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)5638号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

櫛田寛一

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

橋本昌三

右訴訟代理人弁護士

中山晴久

高坂敬三

右訴訟復代理人弁護士

鳥山半六

主文

一  被告は、原告に対し、金七六〇万三七五〇円及びうち金六九〇万三七五〇円に対する平成四年一〇月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、三七九二万〇〇三七円及びうち三四五二万〇〇三七円に対する平成元年四月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、被告の外務員の勧誘を受け、銀行から資金を借り入れて新株引受権証券(ワラント)を三四五一万余円で購入したが、その後の価格の推移が思わしくなく、ついに利益を得る機会のないまま行使期限を経過して権利が消滅し、購入代金相当額の損失を被った原告が、被告に対し、ワラントの危険性等からその販売自体が違法であり、右外務員の勧誘行為にもワラントが行使期限を過ぎると無価値になることを説明しなかったなど各種の違法性があると主張して、被告自体の不法行為又は使用者責任に基づいて、右損失について損害賠償を請求している事案である。

二  争いのない事実

1  当事者等

(一) 原告(昭和二一年生)は、大阪市○○区で建設業を営む自営業者である。

(二) 被告は、証券業を営む株式会社で、大阪市内に大阪支店がある。

(三) 村島正貢(以下「村島」という)は、平成元年ころ、被告大阪支店の外務員(営業部営業三課の課長代理)であった。

2  ワラント

ワラントとは、一定の期間(権利行使期間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定の数量(行使株数。一ワラント当たりの払込金額を権利行使価格で除したもの)の新株式を引き受けることができる権利(新株引受権)又はこの権利が表章された証券(新株引受権証券)のことをいい、昭和五六年の商法改正によってその発行が認められた新株引受権付社債の一部であるが、社債部分から分離されて取引の対象とされることが多く、外貨建てワラントの場合国内では店頭・相対で取引される。

3  本件取引

原告は、村島の勧誘で、平成元年四月初旬、被告(大阪支店)から左記(一)のワラント(以下「本件ワラント」という)を左記(二)の取引条件で購入した(以下、右取引を「本件取引」という)。

(一) ワラント

(1) 発行日 昭和六三年一〇月二八日

(2) 銘柄 株式会社神戸製鋼所(第一回)

(3) 額面 五〇〇〇米ドル

(4) 付与割合  一〇〇%

(5) 固定為替 132.20円/ドル(この結果、一ワラント当たりの払込金額は六六万一〇〇〇円)

(6) 行使価格 発行時六三六円(その後三%無償増資による調整があり、本件取引時は617.5円)

(7) 行使株数 発行時一ワラント当たり一〇三九株(右調整の結果、本件取引時は一〇七〇株)

(8) 行使期間 昭和六三年一一月二一日〜平成四年一〇月二一日

(二) 取引条件

(1) 売買価格 52.50ポイント

(2) 実勢為替 131.50円/米ドル

(3) 数量 一〇〇ワラント

(4) 売買代金 三四五一万八七五〇円(額面五〇〇〇米ドルに売買価格52.50ポイント、実勢為替131.50円/米ドルを順次乗じ、その一〇〇ワラント分)

4  原告の損失

原告は、平成元年四月一〇日、右売買代金三四五一万八七五〇円を被告に支払ったが、その後本件ワラントの価格の推移は総じて思わしくなく、購入してしばらくは横ばいで推移した後、株式相場一般とともに大幅下落して以来低迷状態が続き、原告がこれを売却又は権利行使することができないでいるうちに、平成四年六月三〇日には値がつかなくなり、そのまま同年一〇月二一日の権利行使期限を迎えたため、右代金額相当の損失を被った(なお、同銘柄の株価は、本件取引時には九〇〇円台前半、権利行使期限には約三〇〇円であった)。

三  争点及び当事者の主張

本件の争点は、第一に、個人投資家に対する外貨建てワラントの販売ないし勧誘自体がワラントの危険性等から違法とされるべきか否か、第二に、村島の勧誘行為に断定的判断の提供による勧誘等の不当勧誘、適合性原則違反、説明義務違反等の違法行為があったか否か、第三に、賠償すべき損害の額であり、これらの点についての当事者双方の主張の要旨は以下のとおりである。

1  原告の主張

(一) 本件取引勧誘の経過

村島は、本件取引の数日前に、原告の事務所を来訪して、原告に対し、「面白いものがありますよ。外国のワラントというのがあって、株価が一〇円上がったら三倍の三〇円上がります。神戸製鋼所のワラントは今だったら絶対儲かります」と勧誘した。原告が、これまで株に資金をつぎ込んで投資資金がないことを理由に断ると、「銀行で借金してでも買ってください。一〇〇パーセント儲かります」と勧誘を続けた。原告が「ワラントなどというのは分からないし聞いたこともないので気が進まない」と言うと、村島は「間違いありませんから是非やって下さい」と言い、「そんなに間違いがないなら、一筆書いてくれ」と原告が言ったのに対しては「それは出来ませんが、大丈夫です。私を信じて下さい」と言って原告を信用させようとした。原告が「借りてまでするのだから、三か月くらいで利益を出して処分することができるのか」と聞くと、村島は「大丈夫です」と言った。原告は、銀行に相談することにし、二、三日後融資の承認が下り、その結果、本件ワラントの購入を承諾するにいたったものである。

被告は、村島が原告にワラントの説明をしたと主張しているが否認する。村島はワラントの仕組みや後記のようなワラントの危険性については何ら説明していないし、ワラント取引説明書も交付していない。また、原告は、代金決済時点までにワラント取引確認書に署名・捺印をしたこともない。

(二) ワラントの危険性

本件ワラントのように社債券から分離された外貨建てワラントは、次のような性質を有するため、投資商品として極めて危険性の高いものである。

(1) 価格変動の大きさ

ワラントの価格は、株価に連動しかつ株価の数倍の値動きをする(ギアリング効果)から、株価が下落した場合の危険性が大きい。

(2) 権利行使期間の存在

ワラントは、権利行使期間経過後は紙くず同然になる。

(3) 為替リスクの存在

外貨建てワラントには為替リスクがある。

(4) 価格形成の不公正

ワラント取引は証券会社との相対取引であるから、価格変動が不明瞭なうえ、証券会社によって自由に価格決定がされてしまう。

(5) 価格情報の不足

相対取引であることから、ワラントの価格変動は公表されておらず、証券会社も顧客に伝えようとしないから、購入後、売却時期の判断が難しい。

(6) 企業情報等開示の欠如

外貨建てワラントは、有価証券届出書や目論見書による企業情報等の開示(ディスクロージャー)がなされていないため、その取引は危険である。

(7) 権利内容の不明確性

原券がヨーロッパに保管されたままで、国内取引は預り証が交付されるだけであるうえ、この預り証には銘柄などの記載はあるが、当該証券の権利内容がほとんど明記されていないので、投資商品としての明確性に欠ける。

(8) 売却方法の限定

ワラントの原券はヨーロッパに保管されたままなので、顧客はこれを販売した証券会社に買い取ってもらうしか売却する方法がない。

(三) 勧誘自体の違法性

個人投資家に対する外貨建てワラントの販売ないし勧誘は、以下(1)ないし(7)の全部若しくは一部の理由からそれ自体違法であり、又は(8)の特段の事情がない限り違法と推定されるべきである。

(1) 外貨建てワラントに内在する勧誘禁止の原則

外貨建てワラントの特質や前記のような危険性及びそれらについて周知性もなく十分な説明をする体制もつくられないまま国内販売が急いで解禁され、解禁後も現在に至るまで十分な受入れ体制が整備されていない状況に照らすと、外貨建てワラントは、証券会社同士の取引や機関投資家による投資はともかく、これを個人投資家に勧誘すること自体、違法というべきである。

(2) 国内還流と証券取引法違反

外貨建てワラントは、現実には国内に八割もが還流しており、国内の投資家に販売することを当初から意図しながら、発行手続と費用を軽減させることを目的に国外で発行しているのが実態であり、国内で発行する場合に必要とされる証券取引法に則った有価証券届出書の作成・提出がなく、目論見書も交付されないから、企業情報等の開示の手当てが全くなされておらず、実質は脱法行為というべきものであり、証券取引法四条、一三条、一五条に違反し、日本国内での販売は禁止されるべきであった。現にユーロ市場で販売する際の目論見書(本件ワラントのものを含む)には、「本件ワラント債、エクスワラント(社債部分)、ワラントのいずれも日本において、又は日本の居住者に対して、直接間接を問わず、提供、販売、交付されてはならない」と記載されているが、このことは証券取引法の趣旨を踏まえたものであり、発行市場に限定されるものではないところ、日本国内での取引は右目論見書の記載にも違反する(なお、外貨建てワラントの国内還流の実態に則し、大蔵省は、平成二年二月一日から外貨建てワラントに対しても有価証券届出書を提出させるようになったが、これは大蔵省が外貨建てワラントの発行の脱法性を認識したからである)。

(3) 店頭取引であることから導き出される勧誘の禁止

店頭取引は、証券会社と顧客の相対取引であり、証券取引所を通じて行われる取引と違って、公正さや客観性が担保されていないから、店頭気配値の発表や一定の値幅制限などこれを確保すべき格別の規制がなされない限り、その勧誘が行われるべきでないところ、本件取引当時のワラント取引にもこの原則は妥当する。

(4) 公正慣習規則上の勧誘禁止

公正慣習規則一号(店頭取引)は、店頭登録銘柄いわゆる店頭登録株について勧誘を慎重にする旨定めるとともに、「協会員は、登録銘柄以外については顧客に対し投資勧誘は行わないものとする」と規定するところ(一三条二項)、ワラントは店頭登録株以外の商品であるから、その投資を勧誘すること自体が違法である。また、公正慣習規則四号(外国証券の取引)は、外国株券、外国新株引受権証券、外国債券の国内店頭取引について「顧客との間の店頭取引は、顧客が希望し、かつ、自社がこれに応じ得る場合にのみ行うことができる」と規定しており(一〇条四項)、これは外貨建てワラントの販売も対象としていると解されるところ、顧客の「希望」が勧誘によらない顧客の積極的かつ自発的な「希望」を予定していることは文言自体から明らかであるから、外貨建てワラントの勧誘は禁止されているというべきである。

(5) 発行段階における詐欺性

ワラントの行使価格は、低利の起債を実現する趣旨で発行会社にとっての甘味剤の効果を高めるため、高水準で設定されている。

そして、ワラントのパリティがマイナスの状態ないしプラスでも低い状態の場合は、顧客が利益を得る可能性は低いから、証券会社がこのような場合に勧誘する取引は詐欺的取引である。

(6) 高価格のワラント販売の不当性

本件ワラントは価格が52.50ポイントで売買されたところ、ワラント発行時の売出価格は通常二〇ポイント前後であり、あまり高価格のワラントは上昇するよりも下落する確率が高いうえ、下落する場合にはその幅が大きいから販売は妥当でなかった。

(7) 看板理論

専門家は、専門家を信頼して専門家の助言を受けた者に対し責任を負うという考え方が米国では確立している。原告は、世界的にも著名な証券会社である被告の課長代理の村島の勧誘を信用しており、この信用を悪用して被告の都合のよい商品を売りつけることは信義則上許されないことというべきであり、この意味でも被告には原告の信頼を保護すべき責任がある。

(8) 仮に、前記のような危険性等が存在するにもかかわらず、これを一般の個人投資家に販売するのであれば、これを適法とするに足りる要件が必要である。その要件としては、顧客側において、①理解力及び資金力その他の投資の適合性を備えた個人投資家が、②証券会社による勧誘のない時点で、自らワラントという商品を知り、③ワラントの危険性や仕組み等を研究して十分理解し、④個人投資家の方から証券会社に対し積極的にワラントの買付けをし、⑤銘柄・数量等を特定して申し込んだこと、また、証券会社側において、①取引成立前にワラント専用の顧客カードを作成し、②取引開始基準に適合するかどうか慎重に判断し、③然る後、証券会社が十分危険性や仕組み等を説明し、ワラント取引の説明書も交付し、④個人投資家が理解しているかどうか確認したうえで、ワラント取引確認書を徴求し、⑤さらに、ワラント取引をするについて、証券会社の説明から取引成立までの熟慮期間を置いていることが必要である。

(四) 勧誘態様の違法性

前記のような村島の本件ワラントの勧誘行為は、以下の理由から違法である。

(1) 断定的判断の提供による勧誘等の不当勧誘

証券取引法五〇条一項一号は、証券会社又はその役員若しくは使用人がその価格が騰貴し又は下落することについての断定的判断を提供して勧誘することを禁止し、公正慣習規則八号も断定的判断を提供しての勧誘を禁止行為としている。顧客に比して隔絶した力と専門的知識・能力・豊富な情報網を有する証券会社が断定的な判断を提供して顧客に特定銘柄の取引を勧誘するとき、もはや当該取引は顧客自身の判断による取引ではなくなる。

また、証券取引法五〇条一項五号は、証券会社又はその役員若しくは使用人の禁止行為につき省令委任をしており、これを受けて証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号は、有価証券取引一般に関する虚偽の表示及び重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をする行為を禁止している。同法五八条(本件当時。現一五七条)二号も、規制対象を証券会社に限定しない一般的禁止行為として、右同様の行為を掲げている。

顧客に判断材料がなく、価格等が著しく不透明で、リスクが大きい外貨建てワラントにおいては、これら規定の違反は高度の違法性を帯びるものというべきであり、断定的判断の提供による勧誘や重要事項について誤解を生ぜしめる表示は絶対してはならない。しかるに、村島は、前記のとおりこれらの規定に違反する勧誘をした。

(2) 適合性原則違反

証券取引における自己責任の原則は、その大前提として、顧客が当該取引を自己の責任において行いうるだけの環境を必要とする。取引手法や市場の整備、顧客保護規定の設置等の外的環境の他に、顧客の能力、経験、資力等、当該取引に適合する顧客自身の条件の具備が必要である。

したがって、巨大な力を有し、顧客に対して忠実義務、善管義務を負う証券会社は、勧誘にあたっては、このような顧客の適合性を慎重にチェックしたうえで、顧客に適合した取引への勧誘のみをすべき義務がある。この点について、大蔵省通達(投資者本位の営業姿勢の徹底について)も、投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すべきこと(同通達1の(1))、取引開始基準を作成してこの基準に合致する投資者に限り取引を行うべきこと(同1の(2))を定めており、公正慣習規則九号は、顧客カードの整備の義務付けによって、資産状況、投資経験等、適合性判断の前提条件の調査を義務付けている。

しかるところ、ワラントは、その特質、危険性からして、少なくとも一般投資家が投資の適合性を持たないことは明白であり、また、原告は、投資経験も浅く、ワラントの知識もなく、しかも銀行から借り入れなければ投資できない状況にあったのに、村島はそれらを知りながら本件ワラントの購入を勧誘したものであり、適合性の原則に違反する。

(3) 説明義務違反

ワラントは、商品の内容が難解であり、かつ、値動きが激しく、権利行使期間経過後は無価値になるなど投資金額すべてを失う危険性があり、他方、一般の個人投資家には周知性がなかったのみならず、事実上、発行企業の大半が上場企業であって、上場株式等の他の比較的安全な商品と誤認されやすい状況にあるから、証券会社が顧客にこれを勧誘するにあたっては、商品の内容・仕組みや危険性等(ワラントは一定期間内に一定価格で一定株数の新株を購入できる権利を有する証券であること、権利行使価格、権利行使による取得株式数、権利行使期間、価格変動が激しく無価値になることすらありうること、実勢株価との関連性、価格形成のあり方、価格情報の求め方、購入・売却ともに証券会社との相対取引となることなど)について慎重かつ具体的な説明をし理解させる義務がある。

しかるに、村島は、これらの説明をまったくせず、しかもワラント取引説明書も交付せず、確認書の徴求もしなかった。

(四) 原告の損害

(1) 本件ワラントの売買代金三四五二万〇〇三七円

(2) 不法行為の日である平成元年四月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(3) 弁護士費用三四〇万円

(五) 被告の責任

被告は、被告自体の違法行為により又は被用者村島の事業執行についての違法行為により原告に右損害を与えたものであるから、同損害について不法行為に基づく賠償責任(民法七〇九条又は同法七一五条)を負う。

(六) 賠償すべき損害の額

本件のような証券取引被害について、過失相殺により責任を限定する実務的取扱が少なくなく、その論拠として「自己責任の原則」が使われることが多い。しかし、自己責任の原則が妥当するためには、投資判断をする能力と判断の前提となる正確かつ完全な情報の開示がなければならない。しかるところ、ワラントは、その価格形成に合理性がなく、価格変動が激しいため、投資判断自体が難しいうえに、情報開示も極めて不十分であり、自己責任の原則が妥当しないというべきである。しかも、知識、経験において質的に優位に立つ証券会社が適合性の原則に反するような勧誘を行い、断定的判断を提供して勧誘し、ワラントの特質や危険性について誤解を招くような説明をした場合には、かかる情報に基づいて投資判断を行った投資家に、過失相殺という形で損害を帰属させることは不当である。したがって、本件の場合、過失相殺をするのは正義に反する。

2  被告の主張

(一) 本件取引勧誘の経過について

村島は、昭和六三年八月ころ、被告渋谷支店に勤務していた当時の顧客から原告を紹介され、数日後原告と会食した際に、原告からそれまでほとんど株をしたことはなく、指導をしてほしいとの申出を受けた。

その後、同年九月下旬にソマールの公募株を勧めて同月二六日に取引が成立した後、別紙「売買取引計算書」記載のとおりの取引が成立し、本件ワラントの取引までは概ね利益を生じていた。原告は、鉄鋼関係の会社を経営している関係もあって、鉄鋼株にかなりの期待をもっており、平成元年二月には住友金属の現物株式を四〇〇〇万円余で購入し、好調な値動きをしていた。また、このころには、原告は、証券取引に大きな興味を示し、村島の勧誘以外にも日本製鋼所など原告が自ら研究して銘柄を指定してくるまでになっていた。

そこで、村島は、同年三月末から四月初めころ、更に商いの量を増やし、信用取引やワラント取引というのもあると勧めたところ、原告は考えておくということであった。

当時、鉄鋼株にかなり人気が集まっており、中でも神戸製鋼所は比較的資本金が小さく、値動きが軽いこともあり、また事業の多角化が進んで業績も好調だったことから、村島は、平成元年四月五日ころ、電話で原告にこのような状況を説明して本件ワラントを勧めた。その際、村島は、原告に対し、ワラントは株価と連動して上下し、その値幅は株価の三倍位になることもあること、したがって、ハイリスク・ハイリターンの商品であること、ドル建てであるから為替が関係すること、一九九二年(平成四年)一〇月に権利行使期限が到来するのでそれまでに売却しなければならないことを説明した。これに対し、原告は、「大丈夫かね」「お金はどれ位いるのか」等と問い、村島が「株に連動するものであり絶対大丈夫というわけではない。このワラントはドル建てなので為替を一三〇円位とすると、現在52.5ポイントであるから一〇〇ワラントで約三五〇〇万円位になります」と答えたところ、原告は「少し待ってくれ」と言って、一旦電話を切り、村島が午後になって再度電話を入れたところ、原告は「銀行で金を借り入れた、やってみる」ということであった。その結果、同日、本件ワラント一〇〇ワラントの取引が成立した。

そして、村島は、同月一〇日の午後三時過ぎ、ワラント取引説明書を持って原告宅を訪問し、ワラント取引説明書に沿って、ワラントは、ワラント債から分離されたものであること、株価の三倍程度の投資効率があることとその理由、権利行使期限に株価が権利行使価格を下回るとゼロになってしまうこと、もっとも、株価が大幅に権利行使価格を上回っているので、よほど暴落しない限りその可能性は少ないこと、パリティーの計算方法やギアリングなど一通りの説明をした。これに対し、原告は「あんまりよくわからんが、とにかく君を信頼しているので、頼むよ」「ワラントが上がったらなるべく早く利喰おう」とのことであった。それで村島は「よくわからないでは困りますので、もう一度ワラント取引説明書をよく読んでおいて下さい」と言ってこれを交付し、外国証券取引口座設定約諾書及びワラント説明書の末尾のワラントに関する確認書に署名・捺印を得たものである。

ところが、本件取引後、鉄鋼株全体が値下がり気味となり、本件ワラントも購入直後に上回った時期があったものの、鉄鋼株の下落を反映して値下がりしていった。そのため、平成元年後半ころから苦情が度重なり、金利を補ういい物はないかという要求があり、村島は値上がりの見込めそうな転換社債の新発物等を勧めたり、原告自身も値動きの激しい仕手株などを選択して取引をし、リスクが高いことは承知のうえで信用取引も始めたが、結果的には本件ワラントの損を回復するまでには至らなかった。その間、原告は、本件ワラントは自分も儲けようとして買ったことだから仕方がないが、何とか頼むということであり、平成四年五月に村島が転勤する際の残高照合の要請にも特に異議を述べたりしていない。

本件は、本件ワラントの挽回策が十分成果を収めなかったことから、実質的に損失補填を要求するものであり不当である。

(二) ワラントの危険性についてワラントは、価格変動が株価に連動しつつ、株価より変動が大きく、株価が下落すれば投資金額の全額を失う危険がある点においてハイリスク商品であることは否定しないが、これはハイリターンと表裏をなすものであり、ワラント投資には、株式投資に比較して少額の資金による投資の可能性があることやリスクが限定されているなどの利点もあり、リスク面のみを強調するのは一面的である。

外貨建てワラント価格については、昭和四八年一二月四日付き公正慣習規則四号「外国証券の取引に関する規則」及び平成二年七月一八日の日本証券業協会理事会決議「外国新株引受権証券の売買、気配の発表等について」により、その売買取引の方法等が規制されており、店頭での顧客との売買取引の仕切り値幅に関しては、証券会社は業者間取引における銘柄ごとの直近の仲値を基準とした一定の値幅の範囲内で行うこととされている。外貨建てワラントの売買価格は、当初一般に公表されていなかったが、平成元年四月一九日の右協会の理事会決議等により公表されるようになっているし、公表以前においても顧客が証券会社に問い合わせれば容易にその価格情報を入手できたものであり、価格形成、価格情報の面での不透明性批判は当たらない。

(三) 勧誘自体の違法性について

原告は、ワラントはその商品性そのものに構造的欠陥があり、本来、その発行すら許容されるべきものでないなどとして種々の主張を展開しているが、ワラントは、商法に基づいて発行が許容された商品であり、危険性がある一方で利点も大きいから、商品性そのものを否定し、その販売を違法とすることはできない。

また、原告は、外貨建てワラントの日本国内の取引について、日本語の目論見書の交付義務に違反しているとか、目論見書の記載内容に違反するなどというが、目論見書とは、有価証券の募集又は売出しのために、公衆に提供する当該有価証券の発行者の事業に関する説明を記載した文書であり、目論見書の記載は、発行市場での募集・売出しに関するものであって、本件取引のような流通市場での相対取引による販売において必要とされるものではないから、原告の右主張は理由がない。

(四) 勧誘態様の違法性について

(1) 断定的判断の提供による勧誘等の不当勧誘について

原告主張の事実はない。

(2) 適合性原則違反について

原告主張の事実はない。

(3) 説明義務違反について

本件取引勧誘の経過に述べたとおり、村島は原告に対し十分な説明をしている。

なお、投資家は自己責任の原則のもと、自らの判断により、自らの資金で、各種投資商品に対して投資をするのであって、その判断の前提としてその投資対象の商品について、その商品の内容や特性その他必要と考える事項の調査をすべき責任ないし注意義務は投資家自身にあるといえる。投資家は将来転売等を行うことによって利益を得ることを目的として投資を行うのであるが、投資である以上大なり小なりリスクが伴い、あるいは投資によって期待される利益にも大小があるのは当然であって、それらの諸事情を勘案して、いかなる商品に、いかなる投資をするかを判断・決定するのは、投資によって損益が帰属する投資家自身である。

証券会社は、投資家の注文に基づき、売買注文の執行を、あるいは店頭登録商品については売買に応じる立場にあるにすぎず、投資家に対して、投資商品の内容等について説明すべき法律上の義務は負担していない。勿論、証券会社としては、売買の注文を受けるにあたって、投資家に対して、各種投資商品の内容や特性その他様々な投資情報を提供するが、これらは投資家に対するサービスとして行っているものであって、決して法律上の義務の履行として行っているのではない。

したがって、投資対象商品についての調査義務は、投資判断をする投資家自身にあるのであって、証券会社に一般的に説明義務があるわけではない。

第三  争点に対する判断

一  事実の経過について

証拠(各項に示す書証のほか、証人村島、乙六―村島陳述書、原告本人、甲九九―原告陳述書)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  原告の属性

原告は、昭和二一年生まれの男性で、昭和五〇年ころから「甲野工業」の屋号で建設業・鋼材の製造業(乙野製鋼所の下請)を営んでおり、従業員四、五〇人を擁し、年商は二億ないし二億五〇〇〇万円ぐらいである。原告自身の年収は五〇〇〇万円ぐらいで、資産は数億円である。

原告は、昭和六二年ころに、学校時代の後輩に頼まれ、付き合いでした商品先物取引の経験が少しあるが、一時損失を被りそうになったことから、その後わずかの利益を得たところですぐ終了し、以後行っておらず、それ以外には、昭和六三年夏ころまで、株式等証券投資の経験は全くなかった。

2  株式等取引開始の契機

原告は、昭和六三年八月ころ、大阪に遊びに来た東京の知人と旧交を温めた際、株式投資が話題となり、知人が株式投資の経験をかなり有していること、原告も経験はないが興味を抱いていることなどを語り合ったことがあった。その際、知人が、被告渋谷支店にいて同人の担当をしていた村島(当時大阪支店勤務)を紹介しようと言って、その場に村島を呼び出し、飲食をともにしたことから、原告は村島と知り合った。知人は村島に原告に対して株式投資の指導をするよう口添えし、原告も、野村證券の大阪支店の課長代理であるうえに、その物腰からも信頼できる人物との印象を持ち、村島に対し、それまで株式投資の経験はないが、少し勉強したいと思っているのでよろしく指導してほしい旨の希望を述べた。

その後、村島は、原告の自宅を訪問するなどしたが、その折り、原告は、村島に対し、以前から株式投資の意欲はあったが、前記商品先物取引の経緯もあって、信頼できるセールスマンを探していたなどと話し、重ねて指導を求めた。そこで、村島は、以後原告に対し、株式等証券投資のアドバイスや勧誘を行うようになった。

3  本件以前の取引

このような経過のもとに、村島は、原告に対し、時価より安く買え、手数料も不要で有利性がある新発・公募のソマールの株式を手始めに購入することを勧め、原告もこれに応じて、昭和六三年九月二六日、被告に取引口座を開設したうえ(乙一―総合取引申込書兼保護預り口座設定申込書)、ソマールの株式一〇〇〇株を二〇四万円で購入した。これを皮切りとして、原告は、村島のアドバイスや勧誘を受け、ときには自分で銘柄(NTT、日本製鋼所)を指定するなどして、別紙「売買取引計算書」記載のように株式や転換社債等を次々に購入した。

平成元年に入って鉄鋼株に動きが出てきたことと、原告自身も鉄鋼業を営んでいることもあって鉄鋼株には特に関心があり、三〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円程度の投資が可能であると伝えていたこともあって、村島は、平成元年二月初めころ、住友金属五万株(約四〇〇〇万円)の購入を勧めた。原告はその勧めを受けてこれを購入したところ、その後順調に値上がりし、本件取引ころ(平成元年四月初旬)には約一〇〇〇万円の評価益が生じていた。なお、本件取引直前までの投資総額は約七五〇〇万円であり、売却ずみのものを除けば七一〇〇万円弱になる。

4  本件取引

(一) 村島は、その後原告と会食した折りなどに、それまでの株式の現物取引や転換社債への投資以外に、株式の信用取引やワラントへの投資にも触れたりしていたが、さらに、鉄鋼株の中で出遅れていた神戸製鋼所の株価が年初から一本調子で値上がりをしていたため、平成元年四月五日ころ、原告に電話で同銘柄のワラントの購入を勧めてみた。

その際、村島は、ワラントの商品性について、①株式に似た面白いものであり、一般的には株価に連動するが、値動きが早く、株式が一割動けば三割程度上がること、②転換社債の転換権だけを取り出したものに例えて理解すればよいこと、③一九九二年(平成四年)一〇月に満期となるため、三年半以内に売却しなければ利益が出ないこと(但し、右期限経過後権利が消滅することは明言していない)、④本件のワラントはドル建てであることなどを二五分間位かけて説明をするとともに、同銘柄につき一〇〇ワラント約三五〇〇万円の投資を勧めたところ、原告は、手持ち資金に余裕がなかったことから、購入原資は銀行借入によらざるをえないこと、そのために銀行の意向を打診する必要があることを述べて、この日の話は終わった。

(右のやりとりについて、原告本人は、村島が原告の自宅に来訪しての話しであり、「株に似たおもしろいもの」という程度の説明があっただけで、「ワラント」という言葉も聞いておらず、もとよりその商品性についての説明は全くなかったと供述する。しかし、その記憶自体相当曖昧と見受けられるし、当時、原告は村島を信頼して、友人を紹介するなどしていたのであり、村島がことさらにワラントの言葉を避けなければならない状況も窺えず、顧客が初めて耳にする商品を勧めるのにまったく説明もしないで勧誘するとは通常考えにくいし、原告にしても、三五〇〇万円もの投資を勧められ、銀行借入まで考えながら、その商品内容をまったく聞かないというのは不自然であり、証人村島の供述と対比してみても、原告本人のこの点の供述は採用できない。)

(二) 原告は、その後、直ちにA信用組合の○○支店に右借入の可能性を打診したところ、自宅を担保にして四〇〇〇万円の借入が可能となったので、五〇〇万円ほどの事業の運転資金分も含めて借り入れることにし、村島に電話で資金の調達ができたので同人の勧誘に従う旨伝え、平成元年四月五日付で本件ワラントの取引が成立し、精算日は同月一〇日とされた(甲一三―取引報告書)。

(三) そこで、原告は、同月一〇日、右金融機関から借り入れた右ワラント購入代金を自宅に用意し、受領に訪れた村島に本件ワラント代金三四五一万八七五〇円を支払い、同人より本件ワラント預り証を受け取った。村島は、その際、持参した「外国証券取引口座設定約諾書」に原告の署名捺印を得るとともに、「ワラント取引説明書」や被告の一部門であるワラント部が作成した各銘柄の価格等を示した「外貨建ワラント価格表」を示しながら、①ワラントは、ワラント債からワラント部分を分離したものであること、②額面に固定為替を乗じて権利行使価格で除したものが一ワラント当たりの引受株数(行使株数)であり、本件では一〇七〇株であること、③約三分の一の金額で一〇七〇株分の株式に投資をするのと同じ効果があること、④パリティの計算方法・プレミアムの率・ギアリングの意味、⑤株価の増減変動に連れてのワラント価格の予測、⑥株価が権利行使価格を下回ってもワラント価格はすぐにはゼロにはならないが、権利行使期限である平成四年一〇月二一日を過ぎるとゼロになること、しかし、右期限は三年以上も先であるところ、現在神戸製鋼所の株価(九二五円)は大幅に権利行使価格(617.5円)を上回っているので、これを下回るようなことは滅多にありえないことなど、ワラントに関する一通りの事柄を二〇分間程度にわたり説明し、さらに、ワラント取引説明書末尾に綴じられていた「ワラント取引に関する確認書」に原告の署名捺印を得て、切り離されたこの部分のみ持ち帰った(甲一三―取引報告書、甲五六―ワラント預り証、乙二―外国証券取引口座設定約諾書、乙三―ワラント取引に関する確認書、乙五―ワラント取引説明書、乙九―ワラント価格表)。

ところで、同日の説明において、権利行使期間経過後ワラントが無価値となることについて、村島は、右のとおり一応触れたものと認められるが、村島もその供述において自認するとおり、ワラントの有利性に関する説明がその説明時間全体の大半を占めていた。

原告は、右のような村島の説明に対し、「あんまりよくわからんが、とにかく君を信頼しているので頼む」などと述べ、必ずしもワラントの意味・内容についてよく理解していない様子をみせていたが、村島は、売買代金の入金の手続きをする必要から、原告に対し、ワラント取引説明書を手渡したうえ、よく読むようにと申し向けて退去した。

(原告本人は、右四月一〇日の村島とのやりとりについても、村島はワラントについてほとんど説明をせず、特に権利行使期間経過後無価値になるとの説明はなく、また、ワラント取引説明書も当日受領していないと供述する。しかし、「ワラントに関する確認書」に原告自身が署名捺印していることは争いがなく、その社用欄(送信月日)の日付及び証人村島の供述に照らして、右確認書は四月一〇日に作成されたものと認められる。そして、右確認書は、ワラント取引説明書の末尾に綴り込まれており、切り取るようになっている(乙五)から、村島が同日ワラント取引説明書を原告方に持参していたとみるのが自然であり、そうすると右説明書に基づいてワラントの説明をし、右確認書に署名捺印を得て、説明書は原告に交付したという証人村島の供述は概ね首肯できるというべきである。これに対し、原告本人の供述によれば、原告は、四月五日ころにも四月一〇日にも「ワラント」という言葉さえ聞かずに、銀行から借り入れた約三五〇〇万円もの代金を支払ったということになり、極めて不自然といわざるをえないことに加え、「ワラント」という言葉も使われていないというのは訴状等でも主張していなかった事実であり、たやすく採用しがたいものといわざるをえない。)

(四) 村島が原告に手渡したワラント取引説明書(乙五)は、被告作成にかかるものであるが、全一一頁にわたって「ワラント債とは」「外貨建てワラント」「ワラントの行使価格とその価値および理論価格(パリティー)」「ワラントの流通価格と株価の関係」「ワラント投資の魅力」「ワラント投資と税金」「委託手数料」の七項目に分けてワラント全般の説明している。そして、ワラントの権利行使期間の存在に伴う危険性については、三頁の中葉に比較的小さな文字で、「行使期間」という言葉の説明として、「新株式を購入(引受け)できる期間のことで発行時にきめられています。この期間中にワラントを行使しないと、ワラントの経済的価値はなくなります。」という記載があり、ワラントのハイリスク性については、「ワラントの魅力」の項で、「ハイリスク、ハイリターンのワラント投資」と題して、株価が上昇した場合を例にとり、投資効率の高さを説明し、ワラントが株式の数倍の速さで動き、値上がりすればハイリターン、値下がりすればハイリスクになる旨の説明をしている。

なお、預り証(甲五六)の表面右中葉には「コウシキゲン 4・10・21」の記載があり、取引報告書(甲一三)にも真ん中の欄にゴム印で囲って「償還日欄には、ワラント行使期限が表示されています」と記載されているが、行使期限の意味等の説明はない。

ところで、本件取引の後である平成元年五月ころから、日本証券業協会がワラントの危険性について周知徹底させるため売買時に交付を要請した「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」においては、ワラント売買の仕組みについての説明に先立って二頁から三頁にかけて枠記事でワラントのリスクについての説明をしており、そこでは横書き・下線付きで、「ワラントは期限付の商品であり、権利行使期間が終了したときに、その価値を失うという性格を持つ証券です」「ワラントの価格は理論上、株価に連動しますが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があります」などと明示されている(甲七四の4・5)。また、平成二年二月からは、「外貨建てワラント時価評価のお知らせ」が送付されるようになっているが、その裏面には、横書き・下線付きで「ワラントの価格の変動率は株式に比べて大きくなる傾向があります。値下がりも急激で、場合によっては投資金額の全額を失うこともあります」「権利行使期間が終了した時にはその価値を失います」と明示されている(甲一四―時価評価のお知らせ。但し、本書証は平成三年八月三〇日付のもの)。

(五) なお、以上の認定に対し、原告は、村島が本件取引の勧誘の際、絶対儲かる、一〇〇パーセント儲かるといった断定的判断を提供した旨主張するが、右(一)及び(三)で認定した事実に照らして右主張は採用しがたいのみならず、村島が具体的理由を挙げたり得られるべき利益の額や率を明言したわけでもなく、また、同人に多少のセールストークがあったとしても、原告本人も、本件ワラントが上げ下げの値動きの激しいものであることを認識し、それを購入することに不安を抱いていた旨供述していることからしても、村島の勧誘は、いまだ断定的判断の提供による勧誘には至っていないというべきである。同様に、虚偽表示・誤導を生ぜしめる表示による勧誘も認めるに足りる証拠はない。

5  本件取引後の経緯

(一) 原告が本件ワラントを購入して少しの間は株価(九〇〇円台)も維持されており、したがって、ワラント価格にも大きな変動はなかったが、一、二か月後から急激な下落にみまわれ、二か月後ころにはワラント価格は三〇ポイント台にまでなり、平成元年夏ころ(株価六〇〇円台)には一〇〇〇万円以上の評価損を被るに至った。その後同年末ころに一時株価が持ち直しかけたが(平成元年一二月二日、八八〇円)、一層の価格上昇を期待して、売却せずに様子を見ていたところ、再び株価は大幅な下落基調となり、平成四年一〇月の権利行使期間満了のころには二〇〇円台にまで下落した。このような経過をたどったため、利喰い売りの機会をとらえることもできないまま、結局、平成四年一〇月二一日の権利行使期限が到来して権利が消滅し、原告は本件取引において前記売買代金相当額の損失を被った。なお、本件口頭弁論終結時ころの株価は約三〇〇円である。

(二) この間、原告は、村島の勧誘により、平成元年五月一二日、住友金属の株式を、無償増資や東京周辺の不動産の含み益を理由に株価上昇が期待されていた川崎製鉄の株式に買い替えたりしていたが、平成元年夏ころ、本件取引に関して前記のとおり一〇〇〇万円以上の損失が発生していることを知って、村島に対し借入金の金利分くらいは何とかしてほしい旨の不満を述べたところ、村島は、平成元年九月ころから、当時、比較的利益を得やすいとみられていた新発・公募の転換社債(銘柄は、オークワ、日本精工、東京製鉄)を原告に購入させるなどした。

また、これとは別に、原告は、比較的株式取引に詳しい友人に名義貸しをする形で、いわゆる仕手株(銘柄は、中央自動車、日本高周波、戸上電機、日本農産工)を購入するなどしている。

さらに、平成二年一二月ころ、原告は、村島に対して、ワラントが権利行使期間を経過すると無価値になることは知らされていなかったとして、本件取引の損失について被告が責任を負う旨の念書を書くよう求めたが、村島は、そのようなことはできないと断ったうえで、前同様、比較的利益を得やすいとみられていた証券(英国配電の株式、ダイフク、東洋通信機の転換社債、ロイヤルホテルのワラント)を原告に購入させた。

原告は、損失の挽回を期して、平成三年三月ころからは株式の信用取引も行うこととなり、トリイ薬品(店頭登録銘柄)及びダイダンの売買によりかなりの利益をあげたが、合同製鉄の取引では逆に損失を出した。

(三) このように原告は本件取引において多額の損失を被ったが、これを埋め合わせるべく村島が勧めた他の取引も全体としては目的を達することができず、平成四年五月、村島は遠隔地の支店に転勤となり、同年七月、原告は本訴を提起した。

二  ワラントの商品性(特質と危険性)について

1  ワラントの特質等

(一) 法律上の位置付け

昭和五六年の商法改正(第二編第四章第五節第四款)によって、株式会社は新株引受権付社債(ワラント債)を発行することができるようになった。新株引受権付社債には、その発行後、新株引受権を分離することができない場合(非分離型)とこれを分離することができる場合(分離型)とがあり、後者の場合、新株引受権付社債から新株引受権だけを分離して流通させることができ、この権利を表章した新株引受権証券は証券取引法(二条一項六号)上の有価証券とされている。

(二) ワラント発行の実情(甲一五ないし一八、二二ないし三四、六七ないし七〇)

右商法改正まで、わが国の企業は、証券市場で直接資金を調達する方法としては、新株の発行、普通社債の発行、転換社債の発行の三手段しかなく、欧米などと比べその手段が限られていた。産業界は、新たな資金調達方法を求めており、商法改正はその要請に応えたものである。新設の新株引受権付社債は、発行企業にとっては、新株引受権を甘味剤とすることによって普通社債より有利な条件(低クーポン)で社債を発行することができ、新株引受権の行使の際、行使価格相当の金額が振り込まれることにより追加的な資金調達も可能であるなどの特色がある。

このような期待を担って導入された資金調達方法であり、改正商法は右のとおり非分離型・分離型ともに認めているが、ワラントが比較的投資の危険性の高い商品であるうえ、一般の投資家にとってはなじみのないものであり、流通市場の受入体制も不十分であったことから、当初、大蔵省の行政指導や日本証券業協会の理事会決議による自主規制により、事実上、分離型ワラント債の国内発行及び海外で発行された分離型ワラント債のワラント部分の国内持ち込みは不可能な状態にあった。

しかし、右導入以降、国内で非分離型ワラント債が一七件発行されたものの先細りの傾向にあったのに対し、海外市場での分離型ワラント債の発行は年々増加し、転換社債と比肩するほどの活況を呈するようになっていった。そこで、日本証券業協会は、ワラント債導入から四年を経て、内外市場での発行実績も積み重なり、わが国証券市場にも馴染みができつつあるとして、前記理事会決議を廃止し、昭和六〇年一一月一日から国内発行、同六一年一月一日から海外で発行された分離型ワラント債のワラント部分の国内持ち込みを可能とすることとした。その後、わが国の株式市場が活況となったこともあって、特に資金量が豊富で発行手続が比較的簡易であり発行条件も有利な海外市場(主にユーロドル市場)において、日本企業のいわゆるエクイティ・ファイナンス(株式発行を伴う資金調達)がさかんとなり、そのうちユーロドルワラント債の発行は、昭和六一年の九〇億ドルから平成元年の六二三億ドルへと急速に拡大していった。こうして発行されたユーロドルワラント債のワラント部分は分離され、わが国にそのかなりの部分が還流し、国内発行のワラントとともに、個人投資家にも販売されることになった。

(三) ワラントの特質(甲三の2、五の2・3、七八、八一、九〇、乙五)

(1) ワラントの権利行使価格は基本的には一定しているから(但し、一般に、いわゆる無償増資等による株主権の希薄化に伴う権利行使価格の調整が予定されている)、その銘柄の実勢株価が権利行使価格を上回っている場合、市場で同銘柄の株式を購入するのに比べ、ワラントを行使することによって株式(新株)を割安に取得できることになり、ワラントはその差額に相当する価値を有するはずである。他方、実勢株価が権利行使価格を下回っている場合、ワラントを行使して株式(新株)を取得するのは市場での購入より割高になってしまうから、経済的にはワラントを行使する意味がない。このようにワラントの価値は、第一次的には、実勢株価から権利行使価格を差し引いた額を基に決定される。これをパリティ(その単位は「ポイント」と称され、ワラント債額面金額に対する百分率で表す)といい、右に述べたことから、実勢株価が権利行使価格を上回っている場合はプラスであり、下回っている場合はマイナスであって、それぞれ実勢株価の上昇又は下落に応じて上昇又は下落する。

(2) ところで、パリティを念頭に置いてワラント投資を考えると、同銘柄の株式に投資したのに比べ、パリティの割合(ポイント)の金額の投資で(すなわち、株式に比べ少額の投資で)、損益の絶対額において同一の投資効果を収めることができ、しかも最悪の場合の損失は投資効果に比較して少額の投資金額に限定されるから、これらの利点に着目すれば、実勢株価が権利行使価格を上回っていればもちろん、これを下回っていても残存権利行使期間中一度も実勢株価が権利行使価格を上回らないことが確実とならない限り、パリティとは別の価値(これを「プレミアム」という)が付加されるはずである。このように理論的にみてワラントにはその性質上当然にプレミアムがつくが、実際の取引においてもこのプレミアムは通常存在しており、その価値を決定する要因として、実勢株価の水準・株価のボラティリティ(変動性)の大きさ・残存する権利行使期間の長短などが挙げられる。

(3) 以上のとおりであるから、ワラントの価格は、パリティとプレミアムの両者により構成される(単位は前記と同じ)。

なお、実勢株価が上昇するほどワラントの右利点はなくなっていくから、(株価のボラティリティの大きさや残存する権利行使期間の長短などが同じとすれば)プレミアムは減少していき、株価が権利行使価格を相当程度上回るとプレミアムはほとんどなくなる。さらに、ワラントの行使等の結果、同銘柄のワラントの流通量が十分でなくなっているなどの特殊事情があると、ディスカウント(マイナスのプレミアム)すら生じうる。

(4) ワラントは、同銘柄の株式に比べ少額の投資で損益の絶対額において同一の投資効果を収めうるものであるが(但し、厳密にはプレミアムが一定の場合のことであり、その増減に相当する部分を除く)、このことは、投資金額が同一の場合、ワラント価格の変動が株価の変動に比べて数倍にもなりうることを意味する。したがって、比較的少額の投資で高い利益を得ることができる反面、値下がりも激しく、損失を被る危険が大きい。

そして、ワラント取引において利益を得るためには、①ワラント自体を購入価格以上の価格で売却するか、②実勢株価が権利行使価格を超えて十分に高い水準になったとき、ワラントを行使して新株を取得したうえ、これを売却するかのいずれかの方法によることになるが(②の方法が可能な場合でも、通常はプレミアムがつくので①の方が有利である)、案に相違して購入後のワラント価格ないし実勢株価の推移が思わしくなければその機会はなかなか訪れず、権利行使期間内に実勢株価の十分な回復が期待できないと、ワラント自体を購入価格以下の価格でいわゆる損切りするなどして、損失拡大の防止に努めるほかなくなる。さらに、実勢株価が権利行使価格未満で低迷しかつ権利行使期間内に実勢株価が再び権利行使価格を上回ることがないことが確実になったときは、その終了を待たずワラント価格はゼロ(無価値)になるから、結局、その後損切りもできぬまま権利行使期間の終了を迎えることになって、ワラントの権利は消滅し、いわゆる「紙くず」の状態になる。

2  ワラント取引の危険性

(一) 原告は、前記のとおりワラント取引の危険性として(1)価格変動の大きさ、(2)権利行使期間の存在、(3)為替リスクの存在、(4)価格形成の不公正、(5)価格情報の不足、(6)企業情報等開示の欠如、(7)権利内容の不明確性、(8)売却方法の限定を挙げるので、勧誘の違法性の有無等を判断する前提として、以下その存否や程度について順次検討する。

(1) 価格変動の大きさ

右ワラントの特質で述べたとおり、ワラントは、株式に比して数倍もの値動きをしうる商品であって、その価格下落の危険性も相当大きく、この点は原告の指摘するとおりである。

(2) 権利行使期間の存在

右ワラントの特質で述べたとおり、ワラントは、権利行使期間を過ぎれば無価値となるから、この点も原告の指摘するとおりである。

(3) 為替リスク

日本の投資家(円で投資する投資家)にとって、為替リスクは基本的には存在しない(乙五、証人村島)。すなわち、外貨建てワラントの場合も通常は固定為替の採用により一ワラント当たりの行使株数が固定されるから、ワラントの価値が円建ての行使価格と円建ての実勢価格の関係を基礎にして決定されることは円建ての場合と同様であり、仮に為替の変動だけあっても他の要因がすべて不変であるとすれば、円で投資した者にとってその価値が変動するはずはないと推測されるし、分析的にみても、パリティ部分についてはパリティと売買金額の各計算式をあわせみれば為替リスクのないことは明らかであり(為替が変動しても、外貨建てパリティの算出過程における為替と円貨への換算過程における為替とは相殺しあう関係にある)、また、プレミアム部分のみが為替変動の影響を受けるとみるべき特段の理由も見当たらない。もっとも、取引実務上の諸々の理由から若干のリスク負担をやむなくされる状況を想像できないではないが、いずれにせよ大幅な価格下落の原因になりうるものとは考えにくい。

(4) 価格形成の不公正

相対取引の場合の価格決定は、証券取引所における機械的な価格決定とは相違するが、実勢株価との関係や同業他社との競争上、価格決定の裁量性には自ずから限度があると考えられるし、また、仮に証券会社が顧客との関係で売り価格と買い価格の差(スプレッド)を多少大きめに設定していたとしても、大幅な価格下落と直ちに結びつくものでない。

しかし、証券会社によってワラントの価格が若干異なるなどの不都合も生じていたことから、日本証券業協会は平成元年四月一九日付け決議「外国新株引受権証券の店頭気配発表及び投資勧誘について」に基づき、平成元年五月一日以降は、市場性の高い代表的な四二銘柄(気配発表銘柄)について、業者間取引の店頭気配(売り気配、買い気配のそれぞれの平均値、最高値、最低値)を毎日公表するようになり、日本経済新聞等にも毎日掲載されるようになった。その後、気配発表銘柄数も徐々に増加していったが、さらに、平成二年九月二五日からは、同協会同年七月一八日付け理事会決議「外国新株引受権証券の売買、気配の発表について」に基づき、一六〇銘柄について、業者(指定協会員)間取引が日本相互証券株式会社に集中されることになり、指定協会員が同社に発注した外貨建ワラント売買注文における銘柄ごとの気配、約定値段、出来高などのリアルタイム情報、午前午後の取引時間終了後の情報が直ちに発表されることになり、右リアルタイム情報は店頭での画面表示により、右午前午後の取引時間終了後の情報は日本経済新聞等に毎日掲載されるようになった。そして、証券会社は、この平均値から上下0.75ポイントの範囲でしか投資家と取引できなくなった(甲四、五の2・3、七三の2、七四の2、七五)。なお、大蔵省は、平成二年二月一日からユーロドルワラントの国内販売にあたって発行企業に対し有価証券届出書の提出を求めることにし、これによって売出し価格が明示されるようになった(甲三六)。これらの措置によって、ワラント価格の透明性は一気に高まることになったもので、ワラント価格形成の問題はほぼ解消されている。

なお、新聞(甲六の1・2)にも報道されたように損失補填のために実際の価値とはかけ離れた価格でワラントが取引された例も見受けられるが、右例はむしろ証券会社が顧客から損失補填の趣旨で高価格で買い付けたものであって原告の主張する危険性とは直接の関係がなく、いずれにせよこのような例だけから一般的に価格形成が不公正であるとまでみることはできない。

(5) 価格情報の不足

外貨建てワラントが国内に持ち込まれるようになった当初は、市場形成も不十分で、店頭取引のため同じ銘柄が証券会社によって価格が異なったり、正確な出来高がつかみにくいなど、投資家への価格情報が不足していた状況があったが(甲二四)、前記(1)の価格変動の大きさが理解されていれば、ワラント価格の動向は推測することができるし、いずれにせよ正確な情報は証券会社に問い合わせさえすれば知ることができた(甲五の3、証人村島)。そして、日本証券業協会理事会決議により、平成元年五月一日以降店頭気配が公表されるようになり、平成二年九月二五日以降はリアルタイム情報も発表されるようになったことは前述のとおりである。

右のような経過からすれば、ワラントの価格の動向はある程度推測することができるうえ、新聞などで公表されていない時点においてもそれを正確に知ろうと思えば知ることができる状況にあったといえるのであるから、価格が公表されていないということのみをもって、直ちに購入者が売却判断の機会を失い、大きな損失を被る危険性があったとはいえず、しかも右価格の気配値等の公表は、右のとおり原告が本件取引をして間もない時期から始まっているので、この点からも原告の右主張は理由がない。

(6) 企業情報等開示の欠如

法律上、海外発行のワラントについては、発行段階及び流通段階(相対取引)のいずれにおいても、発行企業の情報を開示することは要求されていないうえ、ワラントの発行は、現実には上場企業に限られている(公知の事実)から(少なくとも本件はそうである)、個別企業の内容については、法律上その作成、開示が義務づけられている有価証券報告書等によって概ね知ることができるはずであり、この点は流通段階における株式取引と何ら変わらず、ワラント取引が特に危険であるとはいえない。

(7) 権利内容の不明確性

ワラントの原券が国内取引で交付されることがないのは原告の主張のとおりであるが(甲五の3)、原券上に記載された詳細な内容がすべて投資の意思決定のために必要なわけではなく、投資決定にとって重要な要素が取引の際に開示されれば足りると考えられる(本件の場合もワラントの取引条件が購入時に提示されている)。

(8) 売却方法の限定

現実には証券会社は顧客の申し出があれば買取りを拒否することはないであろうから(合理的な理由がなく自ら売却した顧客からの買取りを拒否すればそれ自体が違法性を帯びることになる)、換金の機会を奪われることもなく、したがって、それによってワラント価格の大幅な下落の危険性があると言うことはできない。

(二) 以上のとおりであるから、ワラントの特質ないし危険性として投資判断において枢要な要素となるのは、①ワラント価格は同銘柄の株価と同じ方向に数倍の値動きをしうること、及び②権利行使期間を経過すると権利が消滅することの二点に尽きる。

三  勧誘自体の違法性について

1  原告は、前記のようなワラントの危険性等を前提として、被告がワラントを一般の個人投資家に勧誘すること自体が違法である、又は特段の事情がない限り違法と推定されるべきであると主張し、種々の理由をあげているので、以下それぞれについて検討する。

(一) 外貨建てワラントに内在する勧誘禁止の原則

原告は特段の事情がない限り外貨建てワラントの勧誘は違法であると主張するが、①商法が分離型新株引受権付社債の発行を一般に認めており、証券取引法も個人投資家へのワラント販売を禁止していないなど、法律上も個人投資家への流通が予定されていること、②ワラントは、前述のとおり株式より少ない金額で価格上昇のときは株式と同等の投資効果を収めうるうえ、価格下落のときでも損失が右比較的少ない金額に限定されること、株式と同額の投資をする場合はこれと比べ価格下落の幅は大きくなるからハイリスクであるが、価格上昇の幅も大きくなるからハイリターンも期待できることなど、要するに株式投資一般と同様リスクとリターンのバランスがとれており、商品自体には十分な合理性があること、③一般の個人投資家でも資産・経験・意向等に適合した取引は十分可能であること、④仮にいまだ一般の個人投資家になじみがないとしても、適切な説明をしたうえでの勧誘までを禁止すべき理由はないこと、⑤国内投資家にとっては、外貨建てだからといって、円建ての場合に比して危険性において特段の違いがないことを総合的に勘案すると、外貨建てワラントを一般の個人投資家に販売ないし勧誘をすること自体が直ちに違法であると認めることはできず、さらに、それによって直ちに違法性を推定することもできない。

したがって、原告が特段の事情として挙げる点も、販売に際しての行為規範としてはともかく、その具備をもって適法性の要件とみることはできない(もっとも、後述の適合性原則違反や説明義務違反を検討するにあたっての考慮事情としては参考になろう)。

(二) 国内還流と証券取引法違反

海外で発行されたワラント債のワラント部分の日本への還流は相当の割合に及ぶものとされているが(甲三三、三六)、分離されたワラントの多くが国内に還流していることだけで、海外での発行が証券取引法に違反するということはできないし、国内での外貨建てワラント販売が証券取引法の脱法的行為であるということもできない(大蔵省が平成二年二月一日以降のユーロドルワラントの国内販売について有価証券届出書の提出を要請したのは、ユーロドルワラントの国内流通市場改革の一環としてなされたものであり、ユーロドルワラントの国内販売を脱法行為としたものではない)。

また、本件ワラントの目論見書の記載は、発行市場における募集・売出し等を念頭に置いたものであり、日本国内での流通(相対取引)に適用されるとは解されない。

したがって、本件ワラントの国内販売の勧誘自体が証券取引法に違反し、あるいは目論見書の記載に違反するとの主張は採用できない。

(三) 店頭取引であることから導き出される勧誘の禁止

原告は店頭取引は価格形成の公正さ等に疑いがあるから原則としてその勧誘は行われるべきではないと主張するが、同銘柄の株価水準との関係で価格形成が一般的に不当になされていたとみるべき事情は本件の証拠上窺われないから、店頭取引であることをもって直ちに勧誘を禁止すべき理由はない。

また、そもそも本件ワラントの購入価格はパリティと同程度であったのであるから(甲七七、乙九)、価格形成の恣意性を云々する余地は全くない。

(四) 公正慣習規則上の規定違反

原告は、公正慣習規則という営業準則の違反が直ちに私法上も違法となる旨主張するが、同規則は、社団法人日本証券業協会が協会員が行う行為について定めた内部の営業準則であって、その違反が直ちに私法上の違法に結びつくものではないし、そもそも前記一号一三条二項の趣旨は、業績等が一定の基準を充たした企業のみを店頭登録の対象としたうえで、それ以外の企業(店頭登録されていない企業)の株式への投資の勧誘を禁止するところにあると考えられるから、証券の商品性の問題とは関係がないというべきであり、また、前記四号一〇条四項は、本来は、企業実態が必ずしも明らかでない外国の企業の発行した証券や、為替リスクのある証券などの勧誘を慎重にする趣旨と思われるから、この規定を理由に、わが国の企業が発行した外貨建てワラントの勧誘を当然に非難できるかどうかには疑問もある。

(五) 発行段階における詐欺性

前述のワラントの特質からすれば、パリティの水準が低い場合こそワラント本来の投資効果が発揮されるのであり、パリティの水準が高くなればワラント価格も高くなってハイリターン性は弱まるのであるから、原告の主張はワラントの商品性の本質を無視したもので失当である。

また、ワラント価格との相関関係で社債金利が決められる新株引受権付社債の発行条件決定の性質上、同じ実勢株価を前提に行使価格を低めに設定すれば、ワラント価格は高まり、逆に社債金利は低くなるはずであって、この点では発行会社にとってかえって有利になるのであり、総合的にみて発行会社にとっての有利性は行使価格を高めに設定しても低めに設定しても経済的にはほぼ同一であるから、甘味剤の効果を云々すること自体前提として失当である。

いずれにせよ、発行段階ではなく、また、パリティの十分高い状態(約五〇ポイント)でなされた本件取引に対しては、もともと的外れの主張である。

(六) 高価格のワラント販売の不当性

一般に価格の上昇や下落の確率はその水準と直ちに関連するものではなく、また、前述したワラントの特質からすれば、ワラントは価格が高くなるほど価格変動率は株価のそれに近づく(すなわち変動率は緩和される)のであるから、原告の主張は前提において失当である。

(七) 看板理論

米国での看板理論の内容はともかく、勧誘者が、専門家であることから注意義務を加重されることがあるのは別として、専門的知識を有するがゆえに、具体的な状況にかかわらず、直ちにその勧誘に基づく取引の結果生じた損失に責任があるとするのは相当でなく、その帰責性は、勧誘の態様の違法性の有無を個別に検討して決せられるべきである。

2  以上検討したところによれば、個々の事案における勧誘態様のいかんにかかわらず、ワラントを一般投資家に勧誘すること自体を私法上違法としたり、又は特段の事情がない限り違法と推定しなければならない理由を認めることはできないから、原告の主張は採用することができない。

四  勧誘態様の違法性について

1  自己責任の原則と勧誘の違法性

(一) 投資家が証券取引その他の取引を行うのはそのリスクの大小を問わず本来自由であり、他方、一般に証券会社等が投資家に提供する情報・助言等は、経済情勢や政治状況等の不確定な要素を含む将来の見通しに依拠せざるを得ないのが実情であるから、投資家としては取引を行う以上、投資家自身において、自ら収集した情報に併せ、提供された情報・助言等を参考にして、当該取引の特質や危険性の有無・程度、当該危険に耐えうる財産的基礎の有無等を判断し、その適否を決すべきものである(自己責任の原則)。

(二) しかしながら、このように証券取引が投資家の自己責任で行われるべきものであるということは、証券会社の行う投資勧誘がいかなるものであってもよいことを意味するものではなく、証券会社に法制度上特別の地位が与えられている状況のもとで、証券市場を取り巻く政治・経済情勢は勿論、証券発行会社の業績・財務状況等について高度の専門的知識、豊富な経験、情報等を証券会社が蓄積し、他方で多数の一般投資家が証券取引の専門家としての証券会社の推奨・助言等を信頼して証券市場に参入している実情の下においては、このような投資家の信頼が十分に保護されなければならないものというべきである。

(三) 証券取引法五〇条一項一号、五号及び証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号は、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめる表示等を禁止し、大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号)及び財団法人日本証券業協会の規則や通達(公正慣習規則一号ないし九号等)なども証券会社の投資勧誘に際しては、投資者の判断に資するため有価証券の性格、発行会社の内容等に関する客観的かつ正確な情報を投資者に提供すること、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すること(適合性の原則)、特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期することを要請し、また、各種の証券取引について取引開始基準を定め、当該基準に適合した顧客との間で取引を行うように要請し、あるいは、一定の証券取引については、契約を締結しようとする際、当該顧客に対し、あらかじめ所定の説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明するとともに、取引開始にあたっては、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認を得るものと規定していることなども、証券会社において一般投資家が不測の損害を被らないために配慮すべきことを前提とする投資家保護の趣旨に基づいたものである。

(四) これら法令・規則等は公法上の取締法規又は営業準則としての性質を有するに過ぎないため、証券会社の顧客に対する投資勧誘が、これらの定めに違反したか否かを形式的にみることによって私法上の違法性の有無が直ちに決せられるわけでないが、前述のような投資家保護の要請とこれを具体化した右各規定の趣旨やその制定の経緯・背景からすれば、証券会社は、投資家に投資商品を勧誘する場合には、投資家の証券会社に対する信頼を保護すべく相当の配慮が要請されるべきであり、投資家が当該取引に伴う危険性について的確な認識形成を行うのを妨げるような虚偽の情報又は断定的判断等を提供してはならないことはもちろん、適合性原則を踏まえて投資家の意向やその財産状態・投資経験に照して明らかに過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘することを回避すべき注意義務を負うことがあるというべきであるし、また、商品内容が複雑でかつ取引に伴う危険性が高い投資商品を一般投資家に勧誘する場合には、当該商品の周知度が高い場合や勧誘を受ける投資家が当該取引に精通している場合を除き、信義則上、投資家の意思決定に当たって認識することが不可欠な当該商品の概要及び当該取引に伴う危険性について説明する義務を負うものと解するのが相当である。

そして、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業・年齢、財産状態及び投資経験、その他の当該取引がなされた特定の具体的状況の如何に応じて前記配慮義務の遵守の有無が検討されるべきであり、右義務違反があってはじめて勧誘は社会的相当性を逸脱し、私法上も違法なものとして債務不履行又は不法行為を構成しうるものと解すべきである。

(五) ワラントは、前示のとおりハイリスク・ハイリターンな特質を有し、その内容も複雑な投資商品であるところ、証券会社が投資家に対してワラント投資を勧誘するにあたっては、右に証券一般について述べたと同様、断定的判断の提供による勧誘などを控え、投資の適合性の如何を考慮するとともに、投資家側に十分勧誘対象であるワラントの知識があるなど特段の事情でもない限り、ワラントの特質や危険性を説明すべき義務を負っていることはいうまでもない。

そして、右説明にあたっては、投資の有利性等に比重をおいた説明の中で形式的ないし抽象的にワラントの概要及び当該取引に伴う危険性について触れるだけでは足りず、投資家が投資の適否について的確な判断ができるだけの情報が得られるように、あるいは投資家自らかかる情報を入手する必要性を知ることができるようにこれを行うべきであり、相当の資力や社会経験を有する投資家に対しても、少なくともワラントの特質や危険性に関する枢要な要素については、これを十分に理解できるようにすべきである。ところで、前記検討結果によれば、ワラントの特質ないし危険性としては、①ワラントの価格は同銘柄の株価と同じ方向に数倍の値動きをすること、及び②権利行使期間を経過すると権利が消滅して無価値になることの二点が重要であるから、少なくともその説明を欠かすことはできず、投資家が投資自体についてはもちろん投資後の対応の仕方についても的確な判断ができるように、これを具体的に理解できる程度に説明すべきである。

2  本件勧誘の違法性

以上のような観点に立って、前記認定の事実関係に基づいて、村島の原告に対する本件ワラント勧誘の違法性について検討する。

(一) 断定的判断の提供による勧誘等の不当勧誘の有無

村島による本件ワラントの勧誘は、いまだ断定的判断の提供による勧誘や虚偽表示・誤導を生ぜしめる勧誘と認めることはできないことは先に示したとおりであり、少なくとも前記諸般の事情を総合すればそのような勧誘として私法上違法な程度には至っていないものというべきである。

(二) 適合性原則違反の有無

原告が四、五〇人の従業員を擁する事業経営者で相当の資産を有し、収入も多く、本件取引までの半年位の短い期間に七〇〇〇万円を超える投資を意欲的に行い、一銘柄(住友金属)で四〇〇〇万円を超える株式投資も行っていたことなどを総合すると、原告は、相当多額のリスク投資にも耐えることができ、その意向もあったものと思われる。しかし、原告は、村島に対し、投資可能な資金は五〇〇〇万円程度であると表明していたのであり、本件取引以前にすでにその限度を相当上回っており、本件取引を行えば右投資可能資金の二倍を投入する結果になるばかりか、本件取引分については銀行借入に頼ることになることも村島に告げていたのであり、加えて、本件ワラントへの投資は、損益の観点からは概ねその金額の三倍程度、すなわち一億円程度の同銘柄株式への投資に相当すると考えられ、投資リスクの大きさや原告の投資経験の浅さからみて、いささか不相当の嫌いがないとはいえない。もっとも、原告の投資意欲や資産状況からみて、ワラントについて十分な説明がなされたうえで、その理解のもとで投資されたのであれば、あえて適合性に反するとまでいわなければならない状況にあったとは考えられない。

(三) 説明義務違反の有無

(1) 原告は、本件取引の半年程前まではまったく証券取引経験はなく、村島は、株式投資の経験のない原告にこれを指導するということで知人から紹介を受け、原告自身からの依頼も受けて、いわば原告の証券投資のアドバイザー的立場にあったこと、その後、原告は若干の取引を重ねたものの右株式取引を初めてから本件取引まではいまだ短期間であって、実行した取引も基本的には村島の勧誘に従ったものがほとんどであり、独自の積極的判断で投資活動を行うまでには至っていなかったし、村島もそれを認識していたこと、また、右(二)の適合性原則の項で判断したとおり、原告は、比較的資産・収入に恵まれていたとはいえ、本件取引は商品の性格を考慮すればそれまでの投資に比べて危険性も額もやや突出した投資であったし、本件取引の勧誘時においては、それまでの投資によって既に原告には余裕資金がなくなっており、それ以上の投資をするためには銀行借入によらざるを得ず、そのことを村島にも告げていたこと、一般に借入れによる投資の場合、損失が生じた場合の対処は比較的難しくなるが、村島も当然それを理解していたはずであること、以上の事実に加えて、ワラントのように値動きが激しいうえ、一定期間を過ぎると権利が消滅する型の証券は、わが国においては昭和六〇年ころまでは存在せず、かつ少なくとも本件取引のころは、ワラントの存在やその特質及び危険性が周知されていたとはいえず、もちろん株式投資の経験すら浅い原告はこれを知らなかったし、村島も原告の無知を認識していたことなどを総合すると、投資全般の助言・指導を期待されていた村島としては、原告自らワラントに関する的確な認識をもって、余裕資金がない状態で多額のワラント投資を行うことの適否を判断することができるように、ワラントの特質ないし危険性に関する重要な要素に関する情報を、有利性にのみ偏ることなく説明すべき義務があったというべきであり、ワラントの特質や危険性からして、少なくとも、ワラント価格は同銘柄の株価と同じ方向に数倍の値動きをすること、権利行使期間が定められており、これを経過すると権利が消滅することを、具体的に原告が理解できるように説明すべき義務があったというべきである。

(2) しかるところ、村島の原告に対するワラントの説明内容は前記認定のとおりであり、ワラントに関する一応の説明はなされていると認められ(その中では転換社債に例えての説明にみられるように独自の工夫もこらされている)、かつ、ワラント取引説明書を交付して、より詳細な情報を得ることができる状態にしたものと一応評価することができる。

しかし、平成元年四月五日の勧誘時における村島の説明では、株式との関連性を述べながら、ワラントと株式の最大の相違点である権利行使期間の存在とそれを経過すると権利が消滅することについての説明を落としており、原告は、その説明を聞くことなく、金融機関に融資の相談をし、その承認が得られた後、その結果を村島に連絡して本件ワラントの購入を承諾したが、村島はその時点でもこの点の説明をしていない。結局、本件取引は右の点の説明がないままに売買契約が成立したものといわざるを得ない。

(3) もっとも、村島は、受渡日である同月一〇日には、ワラント取引説明書を持参して原告宅を訪れたうえ、これに沿ってワラントの特質や危険性について、前記の点を含めて一応の説明をしており、契約成立後とはいえ、この時点で説明が補完されたとみる余地がないではない。しかし、村島の説明は、全体的にワラントの利点が中心であって、その危険性、特に権利行使期間経過により権利が消滅する点については、具体的な説明がなされたとは言いがたく、原告がその場でよくわからない旨述べたように、原告に十分な理解を与え得たとも言いがたい状況であったと言わざるを得ない。このような状況であったにもかかわらず、村島は、入金手続の必要からそれ以上の説明をすることなく原告宅を辞去し、その際、ワラント取引説明書を渡してはいるが、後日作成された日本証券業協会の要請による説明書などとは異なり、ワラントの危険性について理解しやすい内容であるとは言いがたいから、これを原告の支配下に置いたとしても、やはり十分な説明があったとみることはできない。

(4) 以上より、原告が投資経験が乏しく、そのアドバイザー的役割を果たしていた経緯や、適合性にもやや疑問がある取引を勧誘したことなど、前記のような諸事情のもとでは、村島の右勧誘は、原告に対する必要な情報の提供を欠いた説明義務違反の違法があったと判断するのが相当であり、村島にはこの点について過失もあったと認められるから、被告は使用者としての責任(民法七一五条)を免れないというべきである。

五  賠償すべき損害の額について

1  本件取引による損害

本件ワラント取引は、村島の違法な勧誘によるとはいえ有効に成立したものであるところ、前記のとおり、原告は売買代金相当額である三四五一万八七五〇円の損失を被った。

2  被告の寄与の程度

(一) 村島側の事情

村島による本件取引の勧誘は、原告と村島との具体的関係の中において、重要事項の説明が不十分である点において過失による違法なものというべきではあるが、村島がことさら欺罔的な手段を用いたとか、断定的判断を提供したり誤導したりしたというわけではなく、また、村島は、口頭の説明に加えて、内容的に不十分ながらワラント取引説明書を交付して原告が自ら検討する機会も与えていたこと等を総合すれば、その違法性ないし過失の程度はさほど大きくはなかったものというべきである。

(二) 原告側の事情

(1) これに対し、原告は、本件ワラントが株式と似たものであるとして紹介されたが、当初から単なる株式とは相当異なる性質を持つものであることを認識していたところ、それ以上にワラントないしワラント取引に関して詳細を知ろうともせず、多額の投資を敢行したのであって、そのこと自体に後に生じた損失との関係で原告の側の落度が認められる。もっとも、このことは、一面では村島を信頼して、なかば一任の形で取引を行ったものとみることもできるが、仮にそうだとしても、一方で、株価の数倍の価格変動がありうることを認識しており、他方で、村島からは確実に値上がりするというべき具体的理由や数的予測を示されていたわけでもなかった以上、株価の下落に伴う大幅なワラント価格の下落は、本来、自らの意思に基づく結果として甘受すべき性格のものであるといえ、株式市場全体の大幅な下落に伴う本件ワラント価格の暴落についても、同様に甘受すべき性格のものである。但し、株式の場合は、値下がりをしても、売却せずにいわゆる資産株として長期間保有し価格の回復を待つという投資態度が可能であり、別紙「売買取引計算書」にみられるように、原告自身も株価が低下した場合は長期保有し、信用取引でも現引きしているのに対し、ワラントにおいては、通常は比較的短期の権利行使期間の存在のためにそれが不可能であり、将来の損失回復の期待が早期に永久に失われてしまうという本質的な違いがあり、この点についての知識を欠いた原告が、結局、多大な不利益を被ったことは否定できない。

(2) さらに、原告は、平成元年夏ころには本件ワラントについて一〇〇〇万円を超える大幅な評価損が発生していたことを気付いていたのであり、一般に証券など相場商品について予期に反した損失を被った場合、相場の回復を期待してこれを保有し続けるという態度には、投資者の心理としてやむをえない面があるものの、前示のとおり原告は経済人として相当の経験を有し、十分な判断力を備えていたと期待されるべきであり、また、村島も元の価格に戻ることまで保証したわけではないのだから、その後の損失については、この時点においてもなおワラントの商品性を調査することなく、本件ワラントを保有し続けたという原告自身の選択に起因するというべき面も否定できないから、すべてこれを被告の責任に帰せしめるのは相当ではない。

(三) 以上のような諸般の事情を総合すると、原告の前記損害のうち、被告の寄与による部分はその二割と認めるのが相当である。

3  まとめ

したがって、本件取引による損失のうち被告が原告に対して損害賠償をなすべき金額は、六九〇万三七五〇円とするのが相当である。

また、原告が本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、本件事案の内容、請求認容額等諸般の事情を斟酌すると、原告が被告に賠償として求め得る弁護士費用は七〇万円を相当と認める。

なお、付帯請求の起算日は、不法行為の場合その損害発生時というべきところ、本件取引は有効に成立しているから、原告が主張するように売買代金支払時である平成元年四月一〇日に直ちに損害が発生したとするのは相当でなく、他方、本件ワラントの権利行使期間は平成四年一〇月二一日の銀行営業終了時に満了するものとされ(検甲一参照)、本件口頭弁論終結以前の日である同日中に右期間が経過することで権利が消滅しており、また、原告はそれまでに売却処分をしていないから、右同日をもって損害発生時とするのが相当である。

六  結論

以上の次第であるから、原告の請求は、七六〇万三七五〇円及びうち六九〇万三七五〇円に対する平成四年一〇月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井垣敏生 裁判官中村哲 裁判官清水俊彦)

別紙売買取引計算書〈省略〉

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